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シミュレーションとは何か?

2018/05/04 11:36
シミュレーションということの哲学的意味を問うことが必要かもしれない、と岐阜大学の医学教育の藤崎和彦先生は問いかけをされた。

“Simulation is a complex social endeavor”
Dieckmann, P., Gaba, D., & Rall, M. (2007). Deepening the theoretical foundations of patient simulation as social practice. Simulation in Healthcare, 2(3), 183-193.

“Simulation is to project themselves into minds and actions of others”
(文学体験とは)事の次第からして毎回が一度しか生じない出来事である。シミュレーションを通じて私たちは何を体験していることになるのだろうか。
自分とは異なる立場や状況を疑似的に体験するというわけである。… その体験は他人の心を推測する材料になりうる。… 自分の体で験してみるという意味だ。

Burke, M., & Troscianko, E. T. (Eds.). (2017). Cognitive Literary Science: Dialogues Between Literature and Cognition. Oxford University Press. p223
山本貴光.(2017).『文学問題(F+f)+』幻戯書房. p515

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ヨハネスブルグ空港にて「畏む」

2018/05/04 11:03
飛行機の搭乗券に記されたA11をAllだと勘違いして、出発のターミナルが記載されていないなあと、独りごちしてヨハネスブルグ空港のトイレに入った。その刹那に若者と出会った。

男子トイレから出てきたので男であろう、顔を見るに見上げたから背丈はゆうに180センチはある。髪は編んで結わえて後ろに流してある、アフリカの出だろう、肌の色も濃い。イケてるバックパックがすらりとした背に吸い付いている、深紅と象牙が立涌の文様のなだらかな三日月が弧を引く。 海中を潜るさいに装着する酸素供給体の、その外見ではなくて、本来ならば内にあるべき身体機能の大部分がなんらかの原因によって露わに表出したその現象として身体に密着した外部機関が背に吸い付いている、という感じだ。

私が一歩踏み出して、彼が一歩踏み出して、見覚えのない空港の中ですれ違った刹那のこと、1秒で顔を見上げて、次の1秒で背を見た。そして次の1秒で自分の見たモノをあらましこう整理した。

彼は学生。これから旅に出る。
確か今日からホリデイが始まる。家族連れや旅に出る若者でごった返しますよ、トラフィックもこの通りの混雑ぶりです、とタクシーの運転手が言っていた。スクールエンブレムをつけたブレザー姿の凛々しい一団もあった。
そのように合点したものの、3秒後、彼は僕の視界から消えた。毎日の生活のありふれた光景だ。

しかし僕の意識は動き始めた。意識の流れが始まった。彼の瞳は赤く何か別の場所を見ていた。その場所が何なのかどこにあるのか、僕は知りたいと思った。背の筋は伸び肩の力は抜けていた、僕の記憶と経験に問いかける。禅僧の気位の高さ、のようなもの? だとすれば、この若者は誰なのか、どこからきたのか?、そしてどこへゆこうとするのか?

このワカモノに対して抱いたこの感情は何なのだろう。もし、彼が立ち止まる、彼が僕に眼差しを向ける、そして立ち去る、ということがあったならその影を追いかけたかもしれない。もし、彼が立ち止まる、彼が静かに言葉を発する、そして、どうなさいましたか? と問いかけられるようなことがあったなら、頭を混乱させて自問するかもしれない、私は一体どうしてしまったのだろう、と。

このワカモノが誰かは知らない。もう一度会うことがあるかもしれない。しかしきっと二度と会うことはなかろう。つらつらと思うにアレは「畏む」という感情ではないだろうか。高貴な異人に対して抱く特別な感情だ。The Shape of Waterという映画は、唖の娘が半魚人と恋に落ちて海へ帰るというおとぎ話なのだが、あの半魚人に対して抱く感情に似ている。時をあやまつことなければ半魚人は「畏み」を受ける対象だったかも知れない。
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ケープタウンのタクシー運転手との対話

2018/05/04 10:47
万物万象に精霊は宿る。日本人はそのように感じるのだ、花にも、月にも、川にも、石にも、と数え上げて、ひと呼吸置くと、ケープタウンが故郷だという運転手は、山にも、と言葉をつないだ。赤ん坊の玉のようなつやつやした肌をしたアフリカ人を一度に好きになった。
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雪嵐

2018/05/04 10:46
三月の米国ニュージャージーでは雪嵐のため樹々が倒れ一週間ほど電力も途絶えた。

■ 何処かの神は何をおぼすらむ吹き荒ぶ粉の雪舞う荒野


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Dianaとの対話

2018/05/04 10:44
オランダではかぼちゃは貧しい人の食べものなのよと親族が哀れむのを母が子らに言い聞かせる。母は1932年にオランダからニュージーランドへ幼くして移住、子どもの頃そのようなことがあったと母から聞かされたとダイアナは語った。

■ さつさ食め湯気のぼりたり栗南京心にやがて日のはぐくまる

ダイアナは昼間は車を走らせてくれた。山に登るとその国が見えるものだ。Taganga は聖なる火山のこと。ポリネシアンの血をひくマオリの人は、四股を踏み舌を出して、精霊をわが身に招き入れるらしい。その儀式をハッカという。火が点くという意味であろう。今はもはや死火山となったタガンガの頂のひとつにマオリの記憶を留める館がある。

■ 芝生うる火立ちの丘へ集い来よベロ出しのマオリ海人の子孫よ

■ 海人の立つる姿の清々し風聴きたるや死火山の丘

■ 首傾ぐ精霊あまた在わすらむマオリの丘の相生の木々

■ 幾手にも分かれて伸びる相生の愛おし同じ星を見上ぐる

■ おちこちの春を集めて髪飾りいずれの子らも花の姫君
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飛行機の中でみた映画

2018/05/04 10:37
『君の名で僕を呼んで』
17歳の高校生が年上の大学生に知的に惹かれてゆくひと夏の体験。プラトンの『饗宴』での議論に最上の愛とは男同士の愛だというくだりがある。ここでもギリシャの哲学だ。

『関ヶ原』
司馬遼太郎。「正義か不義か」という問いかけで始まる。三成と家康の義をめぐる確執が、小早川の絡め取られる姿を軸に展開する。最後の場面では「これもまた正義」と三成に言わせる。どういう意味だろうとわれわれになぞかけして終わる。ソクラテスの悪法もまた法なり、と逃げずに毒杯を仰いだ姿に三成を重ねた。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
東野圭吾。虐待、孤児、喪失。手紙をやりとりするという古風な手法で誰かを幸せにしたいと願う若者の対話。33年後のたったひと夜の出来事。対話によって生きることの意味を考える。経験を通じて生きる目的を新たににする。

『君の膵臓を食べたい』
1型糖尿病の女子高生が、青年の孤独に耐える強さに惹かれる。図書館が舞台装置。手紙が時間をつなぎ、手紙が心を癒す。

『Shape of water』
身寄りのない啞の女性が半魚人と恋に落ちてやがて海へ帰るおとぎ話。分断と和解、自らの出自を信じることが勇気と希望を生む。岩井俊二の物語と重なった。
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ニュージーランドの印象

2018/05/04 10:27
おとずれた国の印象を良く問われる、初めてのニュージーランドの印象をあげるとするとこのようなものか。

澄んだ空気、
相生の木々、
キノコ、
スカンピ海老の刺し身、
ベロ出しのマオリ像、
首傾ぐ精霊、
死火山の丘、
ダイアナとレイチェル

Googleの検索機能には多くのひとたちが検索するデータ数にもとづいた予測機能がついている、ある国名をいれると世界で数多く検索されているキーワードが自動的にくっついて出てくる。さほどに国とその国民の人柄というものに関心をもっているものだ、僕もそうだ。

空港へのタクシー運転手は結婚式を終えたばかりだというシーク教徒の若者であった。ちょっと難しい問いかけだとは思ったが尋ねてみた。国の人柄を3つ挙げてみてくれ。その若者は僕の質問の意図をはかりかねて訝しむ。そりゃそうだろう。たとえばこういうことだ、100年前に米国の大学で政治学を教えていた日本人がいた、その日本人は米国人の人柄を3つ挙げている。Justice, help the weak, humor… こんな感じだ。

彼の生まれ故郷の人柄を尋ねてみた。パンジャビの人たちの人柄を3つ挙げてみてくれ。シーク教徒が多く住む貧しい地域だと言って、しばらく考えてから次のように応えてくれた。良い答えだ。
Brave, hard working, big heart

パキスタンはインドに接してる。しかも偉大なるガンジーと現首相のモディさんの出身地のグジャラートだ。お隣さんについてはどのように感じているのだろうか。日本人が韓国人や中国人に対して感じているような複雑な感情に違いない。このように答えた。いまなお貧しいパンジャビと豊かになりつつあるグジャラートという構図がその若者には映っているようだ。ともに貧しかったのだ、いったい何が異なるのだろう、と考えたに違いない。
Hard working, business mind

ついでに日本人について尋ねてみた。僕が初めての日本人だろう?と尋ねるとその通りだと答えた。日本について知っているのはTOYOTAだという。それならTOYOTAの車からどんな日本人を感じるか、と尋ねるとこういった。日本人はモノを通じてのみ知られていて日本人のことは世界の人たちに知られているわけではない。
Intelligent

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経験の哲学

2017/11/29 21:40
「経験というものはいずれもみな動きゆく動力」
もし経験が好奇心を喚起し独創力を高め、未来の詩の場所に人を誘うぐらいに強烈な願望や目的を作り出すなら、それは経験が連続してきわめて様々な方法で働いているのである。(p.52)

「良き教育者は人生に熟達した人であるというにふさわしい」
現在と未来の関係は、「あれかこれか」といった関係の問題ではない。現在というものはとにかく未来に影響するものである。未来に対し有形で好ましい影響を与えるような種類の現在の経験のための条件を制度化する。成長あるいは成熟の教育は、常に現在の過程でなければならない。(p.76)

学習者個人と社会との両方の目的を達成するための教育は、経験‐個人の実際の生活経験‐に基礎づけられなければならない。(p.146)

「易しいこと」と「単純なこと」とは同一の事柄ではない。真に単純なものを発見し、その発見に基づいて行動することは極めて困難な課題である。(p.39)

経験と実験的方法とが適切・十分に考慮されないと危険な状況に陥る。経験が知的に発達しているか、知的にみちびかれているかを検証するように経験を自制させることほどこの世の中で厳しい訓練はない。

ジョン・デューイ著、市村尚久訳『経験と教育』(講談社学術文庫)
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カタロニア 

2016/10/02 22:07
■ 火の玉が蠢き昇る地中海 夜神退散衣擦れの音する 

■ 波立たぬ海はかくある漕ぎ手掻く櫂軋むを聞くガレー船 

■ 山を背に海真前にのろしあげる 負ける戦なんぞあるものか 

■ 月影が射したり神を畏みつ生きる人の横顔かくも寂たり 

■ ガイジンと触れる楽しさのあるべき危なかしさが削げてしもうて 
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母の七回忌

2016/10/02 21:59
■ 今日は何を食べとましたか尋ねられる さほど明るい月の夜更けに 

■ 月寂し路地にコオロギひとり泣くカタロニアにも母の七回忌 

■ 背高の草に隠れて秋アザミ花の色を覚えているらし 

■ 父と食いしカツレツはカランと音する鐘の路地突くる洋食屋 
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お盆 

2016/10/02 21:43
■ しゅわしゅわとせわしのう鳴くさあ今日も頑張りまっせと大阪の蝉 

■ 「の」の文字に食卓を拭く朝食堂 女将おかしみ妻をば思う 

■ ごちそうさん述べて去りたり蝉時雨行き交う人のある朝食堂 

■ 裾を捲り脛を剝く若き人雄々し 愛する人に会いに行く夏休み 

■ 張り裂けるごとく泣き止まぬ蝉しぐれ頼もしくもあり悲しくもあり 

■ 潰さずにおく畳の縁の虫 懐かしき人の仮の姿かも 

■ 明けきらぬ空に染みてゆく鉄さびの鉄路に落ちる雨の芳し  
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オペラシティタワー

2016/10/02 21:26
■ 東京の空に向き合う子らよ わあああと叫べオペラシティタワー 

■ ぐるり天下を見渡せば腹のくしゃくしゃも晴れるさ今日が始まる 

■ キーボード叩く背丸し 日暮れ時窓に浮かびく姿に恥じいる 

■ あれ真直ぐな道へ出たよああうれし手取りおうてさあ行かん行かん 
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パリの十三日の金曜日

2016/10/02 21:18
■ どっちが手を先に出したか忘れてもうて痛かったんやと文句云い 

■ 目には目を、十三日の金曜の明くる週には反撃砲撃 

■ 煎じればおのれと異なる世界観ねじ伏せるを彼は上策とす 

■ 傷つきし方の旗こそ掲げたれ勝ち負けは時の運ゆえ 

■ ひよどりの寝込みを襲うを良しとせず受けて立ちたる平家を誉れ 

■ 亡き者の御霊哀れにおもうたれ祈りは生きたるものの勤めぞ 
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母と二人の方広寺界隈 

2015/11/14 16:09
■ 鴨渡す幅七メートルの五条橋天正拾七とは刻めたられり 

■ これはまたいづれの殿上人の宮 礎石の円き穴がほげたり 

■ 耳塚はまた鼻塚と云われけり札立つ塚の秋の空衝く 

■ 清盛公太閤殿の東山母と二人の秋に来にけり 

■ 炎吐く聖やおはす六波羅に弥陀の名号南無阿弥陀仏 

■ 敷石の角も取れたりこの道の春夏秋冬行きつ戻りつ 

■ 口惜しや逃したりしも七八分ひと呼吸おいて次待ちませう
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ワルシャワの無名兵士

2015/06/14 15:19
■ 身をよじる若き裸像のかなしけれ 父もあり母もありにし人なれば  

■ 百五十年地図より失せし国思う 人の恋ゆくに豊かなりぬる 

■ 兵二人銃を捧げつ火絶やさず忘れえませぬ無名兵士よ

■ かの高き塔はレーニンの贈り物 有難くなしともいえず立つ 
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ショパンの野外コンサート

2015/06/14 15:17
■ 国亡び王の離宮の葉は茂り 緑尊く残されにけり

■ わた毛よわた毛よ戯れよ風に 土もある陽もある水もある 

■ あなたを悲しませるのは何ですか 伏し目がちなる将軍の像 

■ 千千の思い重ねて叩く鍵盤の調べたふたふ芝畑へ来よ 


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マーストリヒトからの手紙

2015/06/13 18:24
お母さんへ

三週間のマーストリヒトでの滞在を終えて横浜へ帰ってくると、どうやら琵琶の実の旨い季節を逃してしまったようです、オランダといってもベルギーとドイツにはさまれた飛び地の当地はきれいな朝焼けの空に始まり、白い雲が青空にぷかぷか浮かんでいると思うと、昼過ぎには大風が吹いて、夕刻にはひとしきり雨が横殴りに降ったかと思えば、ひんやりと雲が空を覆い、陽は夜遅くまで沈むことなく、9時を超えてようやく世界は闇となります。一日に晴、雨、曇の異なる気象を楽しませてくれます。満月は天に昇らず、地平をかすめて進んでゆくのですよ。昨年は夏のような日々が続いたと2年生の先輩から聞きましたが、この季節は気象が不安定です、僕たちは冬の準備をしてゆきましたので、寒い思いをすることはありませんでした。

オランダの人は、世界一背の高い国民だそうで、当地に向かう飛行機の中で読んだ雑誌によると、プロテスタントと呼ばれる宗教改革派の人たちは、質素倹約にして、商業で大いにうるおい栄養事情も良くなり、その頃より背が伸びたのだとか。オランダの国立美術館には、レンブラントの描いた『夜警』というアムステルダムの街の自治を守った市民の群像が描かれている大きな絵があります。自信と誇りに満ちた立ち居づまいは、ああなるほど、精神と経済と政治の勝利はこのように誇り高いふるまいをさせるのだと思いました。秀吉の時代、堺の商人もまた経済と政治の勝利を得た市民であったように思いますが、精神の勝利があれば、きっと今頃は大阪の人は日本で最も背の高い市民になっていたでしょうに。橋下大阪市長と維新の会が問うた大阪都構想の市民投票はこの案を否決し、橋下さんは引退を表明したことを当地で知りました。大阪人はアムステルダムとは異なる選択をしたのか、あるいは都構想には精神性が欠如していたのか。

世の中の大勢をおかしいと抗議する精神は今もオランダ人に息づいているのでしょうね、自動車中心の交通システムを放棄して、自転車を中心とする交通システムに変更してしまいました。丘や山といった勾配のない平地の国土であるからでしょうが、バイクとかバイキングとか表現して、自分たちの意思決定を誇りに思っている様子を感じることができます。金曜日の夕方、教師のお宅に1年2年皆が招待されました、オランダ人はひとり何台くらい自転車を所有しているのかとその教師に尋ねると、そうねえ、三台くらい、と答えます。3人兄妹の末妹に自転車はどこに置いてあるの?とこっそり倉庫を見せてもらいましたら、確かに十台くらい置いてありました。日本人もおそらく生涯には三台くらい自転車を持つのでしょうが、自転車に対する精神性は天地の差があります。

オランダに旨いものなしというのは、質素で金持ちのオランダ人に対する外国人の揶揄ではないかと思っています。到着したその翌日の日曜日は、マーストリヒトで最も大きな教会の最も大きなお祭りで、聖人のシンボルを神輿に担ぎ、その聖人に属する団体なのでしょう、立派に着飾った制服の鼓笛隊が先導し、金管や太鼓を鳴らしながら、石造りの四五階の見事な建物に挟まれたこれもまた見事に角の削れた石畳の上を粛々と行進します。すべての聖人の行進は、キリストやマリアが目の前を通り過ぎるころ、いよいよ終わりに近づいたのですが、その一時間余りの間、隣の紳士の妻の家族は末期がんの母を車椅子に座らせ、行進を見守っていました。母の願いでこの祭りを見に来たのだとか、白髪の上品な様子の老婦人は両手をきちんと膝の上に重ねて、やはり白髪のしかしあまり背の高くはない夫に付き添われ、静かに見つめています。偶然に隣り合った背の高いその紳士に今晩の夕食は何を準備するのか尋ねてみましたところ、母の望みで、鹿肉のシチューを準備してあるのだと言います。本当の料理とはそのようなもので、観光客がレストランのメニューのなかに見つけられるようなものではないのだと思いました。

三週間の滞在の最大のイベントは三年生の卒業式です。マーストリヒト大学院を今年卒業する唯一の日本人は松山康先生という自治医科大学の先生で、その他2年生3名、1年生2名と利恵の日本人9名で、松山先生のお祝いの夕食会を催しました。地獄の門と名づけられた中世の城壁と水路の近くにある静かな場所の四つ角にそのレストランはあるのですが、季節は六月、旨いものを食べたいと店員に尋ねると、白アスパラガスを勧めます。それではマーストリヒトらしいものはと尋ねるとメニューを指さしてこれだとその料理の名前を告げますが、当地の言葉はさっぱりわかりません。どのようなものかと聞くと、「肉のようなものだ、シチューだ」というではありませんか。当方が思案して首をかしげていると、若い女店員は奥へ黙って引っ込み、入れ替わりに太った背の高い大男が小さな銅鍋の器を持って、僕たち東洋人九人のテーブルの横に堂々と立ちました。まるで仁王のようなコックが、先ほどの聞き取れない料理の名前を口にしながら、ぬっとごつい手を差し出しました。僕たちは木のテーブルに置かれた銅鍋に入った肉らしきものの塊が赤茶色のとろりとしたシチューに浮かんでいるのを一斉に覗き込みました。どうやら馬の肉らしく、ビールとワインで煮込んであるのでしょうか、砂糖を加えてあってそれは旨いものでした。これこそあの老婦人が幼いころ両親に連れられた聖セバースのお祭りの日のご馳走であったに違いありません。



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吐息

2015/02/28 21:38
吐息

僕の魂がひれ伏す、もの怖じぬ聖少女
散り乱れまだら色づく秋の日のこと
天使の瞳の奥のゆかしい空へこそ。
立ち昇れ 悩み多き世界に在りて
偽りなきよう 白いひと筋の息を噴き上げてみる その青い空へ!

青い空 ー ちからなけとも澄む十月に染まる
大きな湖(うみ)に いったい誰が永遠に繰り返される歌の調べを映すのか
ほうら、腐臭さえ漂う、なかば獣のごとき終章に来りては
木の葉の千切れ 風荒び、やがて道端の掃き溜めに沈む。
何が見えた? 光の影 まばゆく差しゆくばかり。


マラルメの詩『SOUPIR』を、フランス語の響きを大切にしながら丁寧に読み込んでゆく木下長宏さんの情熱に酔ってしまって、僕も試みてしまいました。 grands bassinsを「大きな湖(うみ)」とした木下さんの訳は、やさしくて素敵だ、そのまま使わせていただきます。
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冬の花

2015/02/28 21:27
■ 背を少しもたれかけさせ冬の花 気兼ね要らぬよ僕はここだよ 

■ 花房の花ひと片を手繰りてつ 愛おしみてなお愛おしく思う 
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みくじ

2015/02/28 21:26
■ ことさらに言い立てぬこと みくじなど引かなかったことにいたします 

■ それなりの混雑をするラウンジ そりゃそうエコノミーの僕もいるもの 

■ 芋を食う人 米を食う人 食うはいや楽しいと皆笑いおり 

■ こは戦争状態であると宰相の言うを得たり人囚われて 

■ 我が父と思え一億ドルの篤志 情けかけさせ解放せさせよ 

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正月を父と過ごす

2015/02/28 20:51
■ ストーヴにかざす手と手の赤らみて今日の勤めの勤め終えたり 

■ 声掛けて時にさすりて経を読む 母は静かに微笑みており
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雑歌

2015/01/11 12:18
■ 冷や酒の由緒あれこれ思案せば梁の低きに額を打ちたり 

■ たけき夢の腹の底辺に淀むものか 徳利の首は細くなるとも 

■ ルックアップ ルックアップとうながされ雲の高みに富士山を仰ぐ

■ これはこそと思い定めし誰ひとりゆくより外なき一本の道
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地下鉄路

2015/01/11 12:17
■ 肩を押し割ろうに割れん朝列車 弾かれてぽつと取り置かれおり

■ ピノキオが飲み込まれましクジラの胃ともし火つづく先をのぞきみむ

■ 地下線路底の抜けたる貨車のごとよもつ坂越えくだりくだり行く 
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永遠の命

2015/01/11 11:49
企業として残すべき伝統と、変えるべき変革とがあって、残すべき伝統に安住してもいけない、というような話を正月の最初の週の金曜の日も暮れた事務所で4人は話し合っていた、事業30周年の記念誌の構想を練っているのである。

『銀河鉄道999』の物語のなかで、未来世界では、機械の身体に魂を移し替えて機械化人となり永遠の生を謳歌していたが、キャプテン・ハーロックは、そのようなものは永遠ではない、子から孫へと伝えられるものこそが、永遠の命である、と言い放つのだ、というような話を石川さんは披露してくれた。

居合わせた者みなが、ひとしきり感動したのは、幼い頃に見たアニメ漫画がかくも深い哲学の森の上に、銀河鉄道を走らせていたなどということを、今更知ったということばかりではなく、上手く言葉にはできなかったことをかくも明晰に切り取って見せてくれたということに対して感動したのである。

それは、心を落ち着けて、身の回りを静かに見渡してみると、たやすく見付けられるのである。良寛さんの辞世の詩歌は、私たちの身の回りにある物事の中に、永遠の命があることを伝えたかったのかもしれない。

What shall be my legacy?
The bloosoms of spring,
The cuckoo in the hills,
the leaves of autumn.

形見とて何残すらむ春の花 夏ほととぎす秋はもみぢ葉
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ゴッホ<自画像>

2014/12/07 17:21
ゴッホがまだ画家を志すずっとまえに、姪っ子にプレゼントしたスケッチブックに描いた「一本の道」のデッサンを、著者の木下長宏さんは、最初の一枚に選んだ。そして、この「一本の道」はどこへつづいているのだろうか、と読者に問いかけた。しかも本編のなかにその答えは出してくれてはいない。なんとも好奇心をかき立てられるしつらえではないか。

おそらく、自分という存在に向き合うすべてのひとに対して、あなたの「一本の道」はどこへつづいているのでしょうか、と問うているのであろうし、もちろん、著者の木下さんご自身が、自分に問いかけたものなのであろう。筆のタッチの微妙な変化や、色彩の使い方の変化を見逃さず、弟のテオにあてた膨大な手紙を丹念に読みかえして、自分自身の「一本の道」へと、読者を導いてくれる。

全篇を通じて76枚の絵が、どれもカラーで掲載されているなんとも贅沢な本だ。(中公新書『ゴッホ<自画像>紀行』)

「一本の道」のなぞかけをしたまま、本編は終わるのだが、著者の木下さんは親切にも、エピローグに自身の回答を導き出している。「一本の道」の彼方?・・・だが、麦畑の向こうに続いているのは、・・・また、麦畑なのではないだろうか。・・・その広大な麦畑をつくるもっとも小さな単位としての麦の穂・・・ここにこそ「無限」がある。」(p205)とある。

「麦の穂」・・・麦畑の叢生する姿が、その茎と葉と穂が、一つ一つ描かれ、この背景だけのような絵・・・、避けようのない災難に打ちのめされた者に、「まるで自分自身が花であるかのように生きること」の大切さをそっと語りかける絵である。」(p206) と続く。

賢者にして哲学者のおもむきの深い言葉である。


以下備忘録

「馬鈴薯を食べる人びと」(本書中番号10、1885年9月)
― 「貧しく虐げられた人びとに対する共感」牧者になろうとしたヴィンセントの心根

「日本の僧侶になった自画像」(本書中番号53、1888年9月)
― 「素朴に仏陀を信仰する僧侶の性格を出すよう研究してみました」

「草の絵」(本書中番号54、1888年5月出版)
― 「日本の芸術を研究していると、疑いもなく賢者にして哲学者という知的な人間に出会う。(略) 彼は、一本の草の芽の研究をしているのである。 こんなにも単純で、まるで自分自身がはなであるかのように生きる」

「麦の穂」(本書中番号67、1890年6月)
― 青緑色の麦の茎と長い葉だけの絵です。この絵の生き生きとした静かな背景を使って、肖像画を描きたいとも思っています。」

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秦野の落花生

2014/11/30 18:10
■ 手のひらをパーにふたつぶ南京豆 グーした指に壊されたカラ 

■ うす皮もそのまま頬張れなるほどに落ち葉かくなる味わいと思う 

■ これ砕き豆をバターにしてやらむ砂糖かえでの蜜を加えて 

■ 少しばかり動きすぎたか夕暮れに豆頬張りて元気をもらう

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多岐而亡羊

2014/11/15 22:06
根津美術館に行った。「多岐而亡羊」とかかれた掛け軸が、真正面に飛び込んできた。

痩肥ない伸びやかさは八大山人の書のようであり、ためらいのないたくましさは耶律楚材の書のよう。

あれこれと迷い、本質を見失うこと、大徳寺の僧が書いた、というようなことが添え書きされていた。
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横浜中華街 重慶飯店

2014/11/15 21:50
■ 皿を取りわける今宵の食卓を糸つむぐよう腕のびてし 

■ 皿を引く椀蓋を取る箸を置くひとつひとつを楽しむのとふ 

■ 辛味色てし豆腐湯気のふわつとす我がイチ押しを皿に盛りませ 
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モン・ロワイヤル山

2014/11/02 17:02
■ 裏山の葉は枯れ落ちてしぬるとも黄金渋みてこそ香りたつ 

■ 父に添うて言の葉こぼれ落ち葉踏む秋は斜めの光差す道 

■ 移民の子走れや走れこの岡の頂のさきにつづく青空 

■ 石壁を這い伝う蔓の枝わかれ色を染めつつ拡ぐ学び舎 
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卒業

2014/11/02 16:49
■ 母君の生きておわせば柔らかなオメデトウとふ声を聞きたし 

■ 薄紅に刷けし夕なの空みてのキレイとは誰に呟やかましも 

■ けたたまし異国の笛が先導に裾ながめまし老師つらなる 

■ 首を立て背な伸ばしつつ立ち居する美わしものぞヤマト乙女は 

■ 名をば呼べ誉れはかくも晴れ晴れし晴れる心は人晴れわたす 

■ あれこれの思いの多く胸塞ぎふたつにひとつ言えず仕舞えり 

■ 戯れに腕回せ肩組み讃えまし幾年経たる思い厚みて 

■ この人に幸多かれと思うてし人多かるはガチありがたし
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